「なぁにー?」
「呼んだだけー」
「はいはい」

空になった猪口をこちらに向けながらふわふわと楽しそうに笑う総悟は、いつもの生意気そうな雰囲気だったりポーカーフェイスで相手を寄せ付けない雰囲気は皆無だった。だから俺もそういう面倒なものを全部取っ払って、もちろん大事なものはしっかり仕舞いこんで、こうして総悟のお酌をしている。
こいつ未成年だろ!という土方さんは適当に飲ませて潰して(今は俺の膝の上で寝ている。どう考えても寝心地は良くないはずだ)、年齢的にも立場的にもさんのが上なのに・・・と嘆く山崎さんはいつもの事だし今日くらいいいじゃないですかと窘めて、近藤さんは勝手に裸踊りしている。
当の総悟ももう限界近くまで飲んでいる筈だが、どうやらまだ足りないらしい。差し出された猪口にお気に入りの日本酒を一口分注いでやれば、嬉しそうに笑顔を散らす。
ぐいっといい飲みっぷりで一気に煽ると、「そういえば」と言葉を繋げた。

「今日はなんで飲んでんだっけ?」
「また?それ聞くの今日で何回目?」
「1回目ー」
「馬鹿言うな。6回目だよ」

宴会が始まったのが2時間前だから、20分に1回のペースで聞かれている換算になる。なる、というか聞かれていた。
元々宴会なんて出来れば理由なんて何でもよい集団なので開催理由を忘れるのなんていつものことだが、今日はやけに聞かれるなぁとため息が零れた。でも律儀に答えてしまうあたり、総悟を甘やかしているしそこに総悟自身も甘えているのだろう。

「今日はお祝いだよ、8回目の」
「6回じゃないのか?」
「それは総悟が俺に聞き直した回数」
「なにを?」
「うわ、面倒」

本心から思いっきり呆れた顔をしてやったけど、酔っ払いな上に沖田総悟だ。もう何百回と俺にこの顔をされているから効果なんて全くない。むしろ最近はこの顔をさせたがためにわざとやっているんじゃないかって思うほどだ。
今も俺の声聞こえた?と言ってやりたいほど「なにをー?なにをー?」と連呼してきている。適当に理由をつけて一旦この場を引こうかと考えたが、膝の上にいる土方さんを起こす訳にもいかないので動けない。
近藤さんでも呼ぼうかなぁと投げやりになってきた時、本日2度目の「そういえば」が聞こえてきた。
嫌な予感がする。

「何が8回目なんだよ」

俺は自分の顔からすんっと表情がなくなるのを感じた。総悟も何かを察したようで、一瞬はっとしたように目が大きくなった。
いつもは自由奔放だが、こういう時には空気が読める子なのだ。

「あれだよ、あれ」
「あぁあれか」

適当極まりない俺の返答にも、全て心得たといったような返事をしてくれる。元はと言えば総悟のせいだが、ここで打ち切ってくれたので良しとしよう。メタ発言はこの連載には向いていない。
空気を変えるように手近にあった肴を食べる総悟を横目で見つめる。あーん、と大きく開けた口に卵焼きが消えていった。よく考えればそれは俺に充てられた分なのだが、まぁ別に気にはしない。
酔っぱらっている割にはしっかり咀嚼して飲み込んだ総悟は、卵焼きがお気に召したのか嬉しそうに微笑んだ。

「とにかく、めでたい日だな」
「そうそう」
「めでたいのは良いことだ」
「そうだねぇ」

話を掘り起こされるかと思ったが、どうやらそういうことではないらしくて安心した。言っていることは間違っていないので空になった猪口にお酌しながら適当に相槌を打つ。
そのまま自分の猪口にも手酌で注ごうとすれば、珍しく総悟がそれを阻止してきた。上機嫌のまま俺が持っていた日本酒を奪い取ると、「ほら」と言いいながら瓶の口をこちらに向ける。
どうしたものかと思ったが、にこにこ邪気のない笑顔を向けられてしまえば俺には成すすべもなく、普段の素行から考えられる悪戯の類を警戒しながらも総悟の方に猪口を傾ける。
とぷっと音を立てて注がれる日本酒。どうやら警戒は不要だったらしい。
煽れば、ほぼ最初は分からないが奥の方に辛うじて感じる酒の味。あぁ今日は宴会だったなぁ、めでたい日なんだなぁと今更ながら再確認した。すると膝の上の土方さんが小さな唸り声とともに身じろいだので、まだ寝ていなさいという意味も込めてぽんぽんと頭を撫でる。こうしていると「鬼の副長」なんて呼び名が嘘みたいだ。可愛らしささえ感じる。
そんなことを思っていたのが顔に出ていたのか、俺の表情を覗き込むように顔を近づけてきた総悟が「へへ」と笑った。

、楽しそうだな」
「え?うん、楽しいよ」
「はは、今日は嘘じゃない」

総悟の言葉に思わず瞬きが早くなった。どういうことかと問う意味を込めて首を傾げれば、猪口を持っていない方の手の人差し指がぴんと立てられ、真っすぐに俺を指す。指した先は正確には俺の目だった。
言葉の続きを促すようにじっと総悟を見つめれば、いつになく得意げに口角を上げる。

は本当に嬉しいときとか楽しいとき、瞳が宝石みたいにきらきらする」
「はあ」

言われても、どうにもぴんと来ない。確かに俺の瞳は変な色をしていて不規則に輝くけど、それは基本的に光の入り方の問題だと思っていた。しかし総悟が俺の瞳を褒めてくれることは結構あり、つまるところ俺の瞳を良く観察している。なので俺が知らない規則性を見つけていたとしても不思議ではない。
が、興味があるかと言われれば答えは「NO」だ。
全力で態度に出した結果とてつもなく素っ気ない返事になってしまったが、酔っ払いはどこ吹く風。立てたままの人差し指をくるくる回しながら何やら楽し気に語りだした。

「戦ってるときとかもきらきらするけど、今はちょっと違う」
「というと?」
「ビー玉を太陽に透かした時みたいにきらきらする」

宝石からビー玉になってるけど、というツッコミはあまりに無邪気な総悟の笑顔に免じて心の奥に仕舞った。どちらにしても、俺には身分不相応な程の誉め言葉だ。
特になんの反応も示さない俺を気にすることもなく、総悟は相変わらずの笑顔のまま何かを思い描くように天井へ顔を向ける。
その横顔がまるで小さな子供みたいで、手にしている猪口が物凄く不釣り合いに見えた。

「昔よく姉上と見たんだ。すごく綺麗で、すごく好きだった」

総悟の今の表情の方が綺麗だよ、とか、俺はそんなに綺麗なものじゃないよ、とか色々言いたいことはあったけれど口が全く動かなかった。それはきっと、最後の言葉が原因だ。多分今の俺の頬はアルコール摂取以外の理由で赤くなっているだろう。まぁ、いくら酒を飲んでも酔わない体質なので、酒で赤くなることはないのだが。
おまけにぎゅっと唇を結んでしまっていたようで、それを目敏く見つけた総悟がにやりと笑う。次の瞬間には猪口を投げ捨ててこちらに勢いよく飛びついてきたせいで受け身も取れず、無様にも後ろに倒れてしまった。その拍子に土方さんが膝から転がり落ちたけど、起きる気配はないようだ。
しかし土方さんも無事だし俺達もぶつかる位置に何もなかったから良いものの、とっ散らかった宴会場では危険極まりないことには変わりない。制裁として総悟の頭に思いっきり手刀を喰らわせるが「いてぇ!」と言いながらも笑っていたので、どうやら効果はゼロに等しいようだ。

「危ないだろ!」
「硬いこと言いなさんなって。おら!もっと良く見せろィ!」
「あーもう!分かったから!分かったから落ち着きなさい酔っ払い!」

殆ど押し倒されているような体勢だが、どうやら周りは何も気にしてないし総悟自身も気にしていない。なら俺だけ騒いでも仕方ないかと早々に白旗を上げ、総悟の好きにさせようと全身の力を抜いた。
一応の抵抗で大きくため息をついてから見上げれば、総悟はこちらがびっくりしてしまうような穏やかな笑みを浮かべていた。柔らかく細められた視線とかち合い、ゆっくりと瞬く。

「綺麗だなぁ」
「お褒めに預かり光栄です」

なんだか自分に不利な状況に向かっている気がして、なるべく素っ気なく返事を返した。こういう状況はどうにも苦手なのだ。
だが、根がドSだからか酔っ払いだからかは知らないが、そんな俺の考えなんて総悟にとっては一切関係ないらしい。

「すごく好きだ」

このド直球野郎、と声に出さず全力でツッコミを入れる。俺がこういうのが苦手だということは絶対に知っている筈なのに、いや知っているからこそ総悟はこういう悪戯を仕掛けてくる。
否、本当に100%悪戯であればここまで俺が困惑することもないのだろう。そうじゃないから困るのだ。
だってそうだろう、ただの悪戯ならこんな表情をするはずがないのだから。

「・・・ちょっと困る」
「ちょっとなら問題ないな」
「ごめん嘘ついた。とても困る」
「もう遅い」

何だよそれ、と言おうとした言葉はまたしても遮られた。

「好き」
「勘弁してくれ・・・」
「今日くらいいいだろ、お祝いなんだし」

おまけにもう1度「好きだ」、と重ねられた言葉にきっと呆れるほど真っ赤になっている顔を隠せば、頭上からはけらけらと笑い声が聞こえてくる。
今日はきっと後何回もこの言葉を聞かされることになるのだろうし、また来年も同じ目に合うのかなぁと思うと、めでたい筈なのにどうしても頭が痛くなってくるのだった。





「こら!流れでちゅーすんな!」
「は?別に頬にするくらいいいじゃねぇか」
「良くない!って、言ってるそばから!・・・もう嫌だこの子」



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